春を迎える頃、鯛は皮目がほんのりと桜色を帯びてきます。
三月から四月にかけてのこの時期の鯛は、「桜鯛」とも呼ばれ、春を象徴する食材のひとつです。
西麻布いちのでは、この桜鯛を椀とごはんの二つのかたちでご用意しています。
まずは、鯛の潮汁。
「潮の汁」と書き、船の上で漁師が獲った鯛をその場で仕立てて食べたことに由来する椀物です。
魚介から出る出汁を塩のみで整え、素材の味を引き出していきます。
鯛は愛媛の天然ものです。
三枚におろし、切り身にした後、しっかりと塩を当ててなじませます。
その後、塩を洗い流して霜降りにしたのち、水に酒を少量加え、
静かに火を入れることで、鯛の身から出た出汁がやさしく広がり、
ふくよかな味わいに仕上がります。
事前の塩当てによって引き出された旨みと塩味が重なり、
鯛の香りがすっと立ち上がる一椀です。
合わせるのは、人参やヒラタケ、奈良の天然ツクシです。
椀の上に添えたツクシが、春の気配を静かに伝えます。
続いて、鯛の土鍋ごはん。
同じく愛媛の天然鯛を使用し、
切り身にした後、薄く塩を当て、時間を置いた後に焼き上げます。
焼くことで生まれる香ばしさと、まるみのある旨みをごはんに重ねます。
あらから取り、鯛の風味をしっかりと含んだ出汁で鯛と一緒に炊き上げます。
無農薬の米は、粒の甘みと輪郭が際立ち、噛むほどに鯛の旨みと重なります。
焼いた鯛の味わいとともに、食感の変化も楽しめます。
仕上げに添えるのは木の芽です。
山椒の若葉のほのかな辛みが、全体を引き締め、後味に軽やかな余韻を残します。
鍋底には香ばしいおこげもお楽しみいただけます。
椀で感じる鯛の出汁、
ごはんで味わう鯛の旨み。
同じ桜鯛でも、異なる表情が重なり、春の深みを感じていただけます。
この時期ならではの味わいを、どうぞごゆっくりお楽しみください。